点在する18棟の不動産に買い手はつかない——「M&Aを絶対の出口にしない」不動産M&A診断士協会理事に聞く出口設計

  • 公開日2026年07月22日

この記事でわかること

  • 各地に点在する18棟の不動産を持つ会社が、M&A一括売却を選ばなかった理由
  • 不動産M&Aの成否を分ける「入り口の値付け」の中身
  • 「買いたい」ニーズは多いのに成約に辿り着けない、融資面のハードル
  • 用途地域が未調査のまま売りに出る案件が生まれる構造
  • 発足半年で診断士約300名・法人会員150社に広がる協会の仕組み

インタビュー動画

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会社に紐づく不動産の売却や承継を考えるとき、「不動産M&A」という言葉が真っ先に浮かぶ人は少なくありません。しかし、日本各地に点在する不動産を一括で買いたい買い手は、現実にはほとんど存在しない——。相続・不動産専門の士業ファームで所長を務め、一般社団法人不動産M&A診断士協会の理事でもある住江氏へのインタビューから、不動産M&Aを「絶対の出口」にしないための考え方を整理しました。

なぜ「不動産M&Aありき」で進めてはいけないのか?

住江氏がよく受ける依頼の1つが、複数の不動産を保有する会社を丸ごと売却する「バルク案件」です。実際に携わったインタビュー内の実例では、18棟もの不動産を保有する会社から「M&Aを希望しています」という相談がありました。ただしその18棟は日本の至るところに点在し、収益物件もあれば収益を生まない土地だけの物件も混在する、整合性のないラインナップでした。

不動産の含み益だけを見れば、M&Aで会社ごと売却できれば手続きは楽で手残りも良く、売り手がそれを希望するのは自然です。しかし住江氏は「各地に点在する土地・建物を欲しがる買い手はいない」と指摘します。それでもM&Aで頑張ろうとすれば、いるかどうかわからない買い手を探し続けるしかありません。売り手も仲介者も一定は成功報酬である以上、成約しない案件を追い続けても誰も幸せになれないのです。

そこで住江氏が取った方針は、M&Aで買い手がつくようなラインナップになるまで、その他の不動産を現物売却や会社分割などのさまざまな方法で処分していくというものでした。管理・処分・承継という最終ゴールが先にあり、M&Aはそこに至る手段の1つにすぎない、というのが一貫した考え方です。

野﨑繁裕
野﨑の視点M&Aスタジオ代表・中小企業診断士

実際に住江さんの会社と一緒にお手伝いしている先があり、実感するところがあります。不動産M&Aが目的なのではなく、手取りを最大化して不動産を良いかたちで承継したい——それがゴールで、そのための手段としてM&Aがあるだけです。今まさに出口を検討している方は、何が目的なのかを再度考え直してみてください。

不動産M&Aで最も重要な「入り口」とは何か?

住江氏が「不動産M&Aで一番大事」と断言するのが入り口、なかでも値付けです。売り出し価格を、買い手が実際に買える金額で設定できるのか。これができなければ、どれだけ立派な案件に見えても「絵に描いた餅」になってしまいます。だからこそ不動産の調査も価格の検討も、入り口の段階に最も力を入れるといいます。

背景には、不動産M&Aの買い手マーケットがまだプロフェッショナルしか参入できない限られた市場だという事情があります。その限られたマーケットで本当に売れるのかを、最初にしっかり診断しなければなりません。さらに地方の物件は買い手も地方になるケースがあり、地方の不動産情報は東京の会社より地元の会社のほうが持っています。そうした地場の情報を駆使しなければ適切な値決めはできず、東京・大阪・名古屋の三大都市圏に拠点を持つ会社でも、地方の不動産M&A案件を上手くこなすのは難しい場合があるのです。

「買いたい」は多いのに、なぜ成約まで辿り着かないのか?

足元では不動産M&Aの売り手は増え続けている一方、住江氏は「買い手のマーケット」と「仲介・FAの知見や経験値」の伸び悩みを強く感じているといいます。「買いたい」というニーズ自体は非常に多く寄せられるものの、実際に買えるかとなると最大のハードルになるのがファイナンスです。

金融機関はまだ不動産M&Aへの融資に慣れておらず、事業性融資という括りで判断されると融資期間が長く取れず、案件として成り立たなくなります。本質的には会社という箱に不動産が入っているだけの不動産取引なのに、形式で判断されてしまうのです。ただし最近は、取引を不動産取引と見なし、法定耐用年数などで融資期間を判断する金融機関も現れ始めており、買い手マーケットは着実に伸びてきていると住江氏は見ています。

野﨑繁裕
野﨑の視点M&Aスタジオ代表・中小企業診断士

私も金融機関に19年ほど勤めていたのでわかりますが、銀行の与信判断はかなり型にはまっていて、「そういうかたちになっているのでできません」という回答が本当に多い世界です。金融機関によって180度回答が変わることもあります。本質的には不動産融資と同じなのですから、少し頭を柔軟にして不動産の耐用年数に引き直せばいいだけなのですが、金融機関はいまだに形式主義が強いのが実情です。

なぜ用途地域すら未調査の案件が市場に出回るのか?

もう1つの課題がアドバイザーです。住江氏によれば、不動産M&Aは業務の8割が不動産の流通業務と同じです。現物の不動産売却なら真っ先に作る物件概要書レベルの情報整理すらされないまま、不動産デューデリジェンスがおろそかな案件が数多く流通しています。実際、対象不動産の用途地域すら未調査のまま売りに出て、1年近くそのまま進んでいるケースをよく見かけるといいます。

不動産M&Aの買い手は会社が欲しいのではなく、不動産を目的に買うかどうかを検討します。その不動産の概要すらわからなければ、買い手は検討の入り口にすら立てません。売り手は不動産を換金したい、買い手は不動産が欲しい——目的は非常にシンプルですが、「シンプルがゆえに難しい」と住江氏は語ります。不動産にフォーカスした徹底的な調査で両者を繋ぐ力こそが、アドバイザーに一番求められているのです。

野﨑繁裕
野﨑の視点M&Aスタジオ代表・中小企業診断士

M&Aの会社はどうしても、M&Aが目的の提案をせざるを得ません。そこでしかマネタイズができないからです。だからこそ、出口を考えるうえで「どこに相談するのか」は非常に重要な意思決定になります。

不動産M&A診断士協会は、どんな受け皿なのか?

こうした課題への答えとして住江氏が立ち上げに参画したのが、一般社団法人不動産M&A診断士協会です。数多くの案件を見るなかで、買い手が見つからない案件や価格の折り合いがつかない案件には、M&Aとは違った角度から個別売却や継続保有も含めて提案すべきだと痛感したことが設立の背景にあります。目の前のお客様にとって最適な出口を探して提案できる専門家を養成することが、この資格の目的です。

資格は2025年11月に初めての研修をスタートし、約半年で診断士は全国約300名に拡大。加えて、不動産M&Aの研修を受けた宅建業者である法人会員が150社程度、各地方に所属しています。地方の不動産を持つ企業から相談があれば、地元とM&Aの双方に精通した会員を相談相手として選出し、協会のエキスパートも一緒に入り口の診断を行う仕組みです。取得者は不動産のプロだけでなく士業や保険・金融業界など多様で、研修は毎月全国3〜4ヶ所で開催され、試験制度への移行も予定されています。

インタビューを振り返る野﨑繁裕 インタビュー
まとめ
対談を経営の視点から振り返ります。

今回のインタビュー動画はいかがでしたか。ここからは、M&Aスタジオ代表・野﨑繁裕(中小企業診断士)が対談を振り返り、明日の経営に活かせるポイントを整理します。

このインタビューから持ち帰る3つの学び

  • 手段を目的化しない。売却や承継の最終ゴールから逆算し、複数の出口を並べて比較する
  • 案件の成否は入り口で決まる。買い手が実際に買える価格を最初に診断してから動く
  • 相談相手の報酬構造は提案を歪める。どこでマネタイズする相手なのかを見てアドバイスを解釈する

不動産M&Aという言葉は世の中に広がりつつありますが、今回のインタビューで住江さんが語った「各地に点在する土地・建物を欲しがる買い手はいない」という一言に、この分野の本質が凝縮されていると感じます。含み益や税務上のメリットだけを見てM&Aという出口を決め打ちすると、買い手が現れないまま時間だけが過ぎ、売り手も仲介も誰も幸せになれない結末に行き着きます。

本来のゴールは、手取りを最大化することであり、不動産を良いかたちで次の世代や次の持ち主に承継することです。M&Aはそのための手段の1つにすぎません。一方で、M&Aの専門会社はM&Aの手数料でしかマネタイズできない構造を抱えているため、どうしてもM&Aありきの提案になりがちです。だからこそ、どこに相談するかが、出口を考えるうえで極めて重要な意思決定になります。

まずは入り口の段階で、その案件が本当に成立し得るのかを診断し、値付けをシミュレーションする。そのうえでM&A、個別売却、継続保有といった選択肢を並べて比較する。この順番を守れるかどうかが、不動産を持つ会社の出口の質を決めると考えています。

進行中のM&Aの条件や、
事業の進め方について
心配ごとはありませんか?

売る・売らないのどちらを選んでも、Mスタにできることがあります。仲介はせず、成功報酬も受け取りません。だから「売らない」という結論も含めて、忖度なくお答えできます。

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