57歳でMBO、3期連続の増収増益——それでもオーナー社長が「伸びるほど不安」を抱えた理由
この記事でわかること
- 赤字で誰も手を挙げなかった事業の社長を引き受けた経緯
- 57歳でのMBOを「自然な流れ」と捉えた理由
- 毎月約10億円の立替払いが発生する事業でMBO資金を確保した順番
- 3期連続増収増益の裏でオーナー社長が感じた2つの重さ
- コロナ禍で黒字を維持するために実行した打ち手の中身
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「会社が好調なうちに出口戦略を持っていなかった」。インタビューに先立つ資料にそう記したのは、大手電機メーカーのグループでタクシーチケット事業を率い、2017年に57歳でMBO(マネジメント・バイアウト)を実行してオーナー社長となった経営者です。MBO後は3期連続で増収増益を達成し、2022年には事業をタクシー配車アプリ「GO」の運営会社へ譲渡しました。業績が伸びているさなかに何を背負い、何が見えていなかったのか。M&Aスタジオ代表の野﨑が話を聞きました。ご本人の希望により、お名前と在籍した電機メーカーの社名は伏せています。
3期連続増収増益のオーナー社長は、なぜ業績が伸びるほど不安を深めたのか?
大手電機メーカーの子会社でタクシーチケット事業の社長を務めていた経営者は、2017年にMBOで株式を買い取り、オーナー社長になりました。その後の業績は、2017年から2019年まで3期連続の増収増益。2019年には過去最高益を記録しています。社長はこの3年間を「最高にアドレナリンが出て楽しかった」と振り返ります。雇われ社長の時代にまいた種が芽吹き、スタッフが自分たちで大手の企業会員をどれだけ獲得し続けるかを考えて動く、自走する組織になっていたことが大きな要因でした。
その一方で、オーナーになって初めて実感した重さが2つあったといいます。1つは借入金の返済です。毎月の数字を見て「これは返せる」と思えてはいても、事業を継続しなければならないという意識が潜在意識のなかに常にありました。もう1つは、従業員の雇用責任が「ひとえに自分にかかっている」という感覚です。上場会社の子会社だった頃は、最後は親会社が何とかしてくれるという前提があり、関係会社が廃止される場面でも職が維持される姿を見てきました。オーナーになればすべて自分に降りかかると分かってはいても、「結構重かった」と社長は話します。
さらに、時間とともにはっきり感じるようになった不安がありました。成長が続くほど「これがいつか落ちる」と考えるようになったのです。事業が落ち込んだときに備えて別の柱を持つことは、経営戦略上は本来必要です。ただ、それは大手企業の発想であり、単体の事業でやっている限り難しいことは「百も承知」でのMBOでした。それでも1年、2年と数字が伸びるのを見るうちに、「この他の事業はどうするんだ?」「そのための経営リソースってないよね?」という思いが、時々、寝る前ぐらいに頭をもたげるようになったといいます。
オーナー社長は、会社の利益も負債も、すべて自分に帰属します。伸びれば伸びるほど不安だという気持ちは、私も中小企業を経営していますのでよく分かります。伸びているときは楽しい。けれども、大きくなった事業を維持していかなければなりません。ちゃんと利益は出ているのに、減益になるとなんだか気分が悪いものです。
私も大手企業に勤めていましたが、大手の中にいると、どこかに「何かあっても大丈夫だ」という感覚があります。そこが雇われ社長とオーナー社長の違うところで、共感される中小企業の社長さんも多いのではないでしょうか。
赤字で「誰も手を挙げなかった」事業の雇われ社長は、なぜ57歳でMBOを決めたのか?
社長がタクシーチケット事業に関わるようになったのは、30代半ばで大手電機メーカーに転職した後のことです。ものづくりを核としてきた同社は1990年代、サービス事業を広げる戦略をとっており、その一環として信販系の会社からタクシーチケット事業を買収しました。チケットを発行・回収し、企業から代金を回収してタクシー会社に支払う、法人向けの決済事業です。ファイナンスという括りで社長が見ていた事業領域に組み入れられ、最初は計数管理を任されました。
数年後、「社長やるか?」と声がかかります。社長は「まだ自信がないので1年待ってください」といったん断り、1年後に引き受けました。当時の事業は赤字で、任されたというより「誰も手を挙げなかったというのがリアル」だったといいます。メーカーが選択と集中を進めていた時代でもあり、将来が明るい事業とは見られていませんでした。赤字を垂れ流すならやめたほうがいい、その前に「もう辞めろ」と言われる。その危機感から、社長は従業員に「とにかく収益を出そう」と伝え、残業を減らしながら効率を上げる業務改善を進めました。
事業に関わり始めてからMBOまでは20年以上。ノンコア事業の雇われ社長という立場は「それほど居心地は良くない」ものでした。現場の実態から「こうやるべきだ」と考えることと、親会社の方針は、常に一致するわけではないからです。その調整を重ねるなかで、こうすれば事業は安定的に回るという成功体験が積み上がり、スタッフも自走するようになっていきました。自分でやってみるのが自然だと感じ始めた頃にMBOという手法を知り、実行の条件をどう整えるかを3年間ほど考え続けます。そして2017年、57歳でMBOを実行しました。社長にとってそれは、勇気のいる決断というより「自然な流れ」だったといいます。
毎月約10億円の立替払いが発生する事業で、MBOの資金をどう確保したのか?
大手電機メーカーの子会社だったタクシーチケット事業を、雇われ社長がMBOで買い取る。その前提として社長が挙げるのは、収益が出ていること、それを担う人材がいること、そして資金です。決済事業には立て替え払いが発生します。社長は「ある種ノンバンクのような事業」と表現し、毎月10億円くらいを一時的に立て替えていたと説明します。それだけの運転資金が必要になるため、金融機関から資金を調達できなければMBOは成立しませんでした。
社長はまず金融機関と話をし、このビジネスモデルを担保として資金を提供するという金融機関と折り合いをつけます。そこまで整えてから親会社に提案しました。親会社から示された条件は、1〜2年かけて考えるのではなく「できれば1ヶ月以内に金融機関と一緒に来てください」というものでした。社長は「NOなら、多分辞めるか売却されるかということになったと思います」と振り返ります。
買収の枠組みは、合併ではなく持ち株会社を設立する形です。資金の流れは社長自身が「若干イレギュラーかもしれません」と話すもので、金融機関から借り入れた会社が、社長の立ち上げた「SPCのような会社」に買収資金を貸し出す形がとられました。社長は専門知識がなかったため、親会社の理財部と銀行に任せた結果、この形になったといいます。
親会社は本当にビッグネームですから、銀行もある程度は話を聞いてくれたのだと思います。社長は「私の信用ではダメですね」とおっしゃっていました。けれども、親会社から事業を丸ごと預かり、20年以上運営し続けてこられた信頼と実績の積み上げがあったからこそ、この取引も成立したと言えると思います。
コロナ禍で黒字を守るために何を手放し、なぜ出口を考え始めたのか?
MBOから3年が過ぎた2020年、コロナ禍で人の移動が止まり、タクシー業界は大きな打撃を受けました。法人向けタクシーチケットの決済を担う社長の会社も、対応を迫られました。当時、タクシー事業者の全国加盟率は90%を超えていました。決済事業である以上、「お金がないので払えません」は許されず、その瞬間にチケットを扱ってもらえなくなります。銀行に対する信用を保つためにも、黒字は維持したい、赤字になっても軽微にとどめたい。社長はそう考えました。
一方で社長は、「かっこよく言うとそうなんですが」と前置きしたうえで、赤字になっても仕方がない、金融機関にも理解してもらおうと開き直ることができなかったのが正直なところだとも明かします。打った手は、一部の人員整理、1フロアで借りていた130坪ほどのオフィスの3分の2ほどの返却、そして外部に委託していた実務の内製化でした。こうして黒字は維持しましたが、「非常に無理をして維持した」と振り返ります。
この経験が、会社の将来と自分自身の出口を真剣に考え始めるきっかけになりました。社長は事前の資料に、会社が好調なうちに出口戦略を持っていなかったこと、コロナという危機が来て初めて出口を意識したことを記しています。
その後、2022年に社長は事業をタクシー配車アプリ「GO」の運営会社へ譲渡しました。収録が行われた2026年5月には、その譲渡先の上場が承認されています。ニュースを見たときの気持ちを問われた社長は、「おめでとうございます」が率直な気持ちだと答え、人も一緒に移っていることに触れて「従業員のみんなもさらに安心できる。そこは少しホッとしました」と語りました。
コロナ禍で多くの会社が赤字に陥るなか、黒字で踏みとどまられた。金融機関もすごく安心されたと思います。
社長が事前にまとめてくださった資料のなかに、私が一番みなさんに届けたいと思った一節があります。会社が好調なうちに出口戦略を持っていなかった。コロナという危機が来て、初めて出口を意識した。会社をどう次へ託すかという出口を、元気なうちに考えていなかった、というものです。
インタビューまとめ 対談を経営の視点から振り返ります。
今回のインタビュー動画はいかがでしたか。ここからは、M&Aスタジオ代表・野﨑繁裕(中小企業診断士)が対談を振り返り、明日の経営に活かせるポイントを整理します。
このインタビューから持ち帰る3つの学び
- 業績が伸びている時期こそ、事業が落ちたときの備えと出口を考え始める
- 買収の提案は、資金の出し手と折り合いをつけてから持ち込む
- 危機下では、取引先と金融機関からの信用を守る打ち手を優先する
進行中のM&Aの条件や、
事業の進め方について
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【売ってから気づいても手遅れ】M&Aで後悔しやすい社長の特徴...あなたは大丈夫?【教えて野﨑さん/第35回】



