展示会で約6億円の引き合い——縮むバルブ業界で、創業80年の商社3代目が「使われる場所」から事業をつくる理由

  • 公開日2026年10月29日

この記事でわかること

  • 展示会でクラフトビール設備に約6億円分の引き合いが集まった経緯
  • バルブの流体制御技術をビールプラントに転用できた理由
  • 年間6,000Lの製造ルールを受けて、醸造と飲食店をセットで始めた判断
  • 3代目社長が29歳で立ち上げた打楽器レンタル事業から得たもの
  • ジャンベ約100台の仕入れが、200席のアフリカ料理店とアフリカ向けプラント構想につながった流れ

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大阪・立売堀で約80年続くバルブの商社兼メーカー、株式会社一ノ瀬。3代目の一瀬社長は、クラフトビールの製造設備を手がけ、自社でビールを醸造し、飲食店まで経営しています。一見つながらない事業の裏には、「バルブが使われる場所を増やす」という一貫した考え方がありました。展示会で約6億円分の引き合いを得た経緯から、アフリカへのプラント展開構想まで、インタビューをもとに整理します。

縮むバルブ業界で、3代目社長は何を課題と捉えていたのか?

バルブは、上下水道や食品、蒸気、石油・ガスといった流体を止めたり流したりして制御する部品です。普段目にすることはほとんどなく、一瀬社長は「縁の下の力持ち」、それも実際に地中に埋まっている存在だと表現します。株式会社一瀬はこのバルブを中心に製造・流通を手がけ、従業員はグループで約100名を抱えています。

ただ、社長はこの業界が緩やかに縮小していると感じ続けてきました。バルブの商売に関わる野﨑代表も、メーカーから「売上は上がっているが販売個数は減っている」という声を聞くと話します。

同じ市場で同じことを続ければ、最後は価格競争に巻き込まれ、「お前のとこなんぼやねん」という世界にたどり着いてしまう。だから社長は、既存の市場に新しい要素を加えるのか、別の顧客のもとへ行くのか、マーケットの広げ方を常に考え、自社が「選ばれる理由」をつくることを重視しています。その根底にあるのが、バルブが「使われる場所をもっと増やさないといけない」という、社長自身が使命と呼ぶ考え方です。

音楽一筋だった後継者は、どうやって経営の土台をつくったのか?

一瀬社長は大阪芸術大学の演奏学科の出身です。高校の吹奏楽部でドラムを始め、大学の4年間は打楽器を中心に音楽漬けの日々を送りました。卒業後は約2年間、オーケストラでの演奏や中学・高校への指導でギャランティを得るフリーランスとして活動しています。

しかし、国内のオーケストラで打楽器奏者の枠は限られています。オーディションを受けたものの縁はなく、父親からは「俺がいつまでも生きてると思うなよ」と言われたことをきっかけに、家業へ入りました。音楽しか経験のなかった社長は一般社員として入社し、仕入れ、営業事務、営業と現場を一通り経験していきます。

転機の一つが、2014年、29歳での起業です。管理部に在籍しながら、打楽器のレンタルとスタジオレンタルの事業を立ち上げました。打楽器は音が大きく、練習場所の確保に誰より苦労してきたのは社長自身です。その痛みを知っていたからこそ、自分の楽器を貸し出し、場所を提供すれば役に立てると考えました。定款とは何かという段階から、銀行口座の開設、資金の借り入れ、経理、労務・法務・税務まで、小さな枠組みの中ですべてを自分でこなした経験が、35歳で社長に就任した後の経営に生きていると振り返ります。

野﨑繁裕
野﨑の視点M&Aスタジオ代表・中小企業診断士

3代目の社長は、すでに立派な会社を承継する立場にあります。株主名簿も資本金もすでにある会社に入るため、ゼロから事業をつくる経験はなかなかできません。自ら起業すれば、法人の設立から口座開設、資金調達、経理まで、嫌でも経営の全体を学ぶことになります。

私もこれまで何人か、新規事業や起業を経験した2代目・3代目の方を見てきましたが、ビジネスを鍛えるうえで非常に良い経験だと感じます。同族承継を検討している方にとって、参考になる考え方ではないでしょうか。

展示会で集まった約6億円の引き合いを、どう自社事業に変えたのか?

クラフトビールとの出会いは、社内の従業員が中国製のタンクを沖縄の顧客に販売していたことでした。その中国メーカーの社長が来日した際、日本での代理店を依頼されます。当時の社長はクラフトビールをよく知りませんでしたが、やるなら一度試してみようと、ビール製造プラント一式を発注して展示会に出展しました。

インタビュー時点から7〜8年前のこの展示会で、見積もり金額にして約6億円分の引き合いが集まります。社長はこれを「大当たり」ではなく、市場が確かに存在すると気づいた出来事だったと話します。

あらためて考えると、ビール造りは水や蒸気の制御、冷却、CO2の圧力制御といった流体制御の組み合わせでできています。バルブで培ってきたノウハウをそのまま技術転用できると判断した社長は、部品を輸入で調達しながら、自社の技術でビールプラントを製品として組み上げる事業に乗り出しました。

同時に、自社でのビール醸造も始めています。プラントを売るには「本当に使えるのか」という信頼性の担保が欠かせません。自ら造って提供し、「ほらできるでしょ」と示すためです。さらに、免許の取得には年間6,000Lを製造する必要があるというルールがあり、造ったビールを売る場所も必要でした。こうして、醸造と飲食店をセットで立ち上げる判断に至りました。

野﨑繁裕
野﨑の視点M&Aスタジオ代表・中小企業診断士

バルブメーカー、クラフトビール製造、飲食店。並べるだけでは結びつきませんが、お話を聞くと一貫しているのは「関連しているものにしか飛ばない」ことだと感じました。一見バラバラに見えて、すべてがどこかでつながっている経営戦略です。

しかも、やり方はかなり堅実です。打楽器の事業も、もともと持っていた楽器を貸すところから小さく始めています。一気に大きく張るのではなく、手元の資産から一歩ずつ広げている点は、多くの経営者が応用できる考え方だと思います。

飲食未経験から始めた店は、どうやって形になったのか?

社長に飲食の経験は「完全になかった」といいます。初めて手がける事業がいきなりうまくいくはずもなく、当初は良い結果が出ない部分もありました。レストランは北浜、心斎橋、梅田と移転を重ね、現在は西中島に落ち着いています。

西中島の店「わんず」は、もともとその場所にあった飲食店を引き継いだもので、前の店のメニューも生かしています。味づくりで頼ったのは、社長の友人が営む北新地の「肉の赤井」です。社長自身は料理が得意なわけではないため、タレとドレッシングを提供してもらい、一緒に店をつくる形をとりました。店を任されている石原さんによると、赤井はかつて行列のできるランチを提供していましたが、忙しさから取りやめており、社長との縁でそのランチを引き継ぐ形になったといいます。

昼はハラミステーキを中心にメニューを広げすぎず、夜は創作居酒屋としてクラフトビールに合う料理をそろえています。もともとがビールを売るための店であり、ビールを軸に何が合うかを考えた結果が肉料理だったと社長は説明します。

太鼓とアフリカは、なぜ次の一手につながったのか?

打楽器の事業でドラムの販売量を増やす方法を考えた社長は、手で叩ける太鼓・ジャンベを広めれば、ドラムの裾野も広がるという仮説を立て、ジャンベを約100台入荷しました。その輸入元の社長が大阪万博の関係者だったことから縁が生まれ、資金面のサポートも含めてアフリカ料理店への協力を求められます。万博という世界的なイベントに関われる機会は多くなく、ビール製造の委託も受けるなど会社にとってプラスになると判断し、参画を決めました。

新店「パナフ」は、大阪・アメリカ村のビッグステップに入り、テラス席を含めて200席を構える大型店です。アフリカからアーティストを招き、ライブレストランとして営業します。社長の認識では、大箱のアフリカ料理店は国内はもちろんアジアにもなく、競合はドバイにしかないといいます。

ビールプラントでは、アフリカへの展開も進めています。社長が何カ国か訪れたところ、輸入ビールを飲む人が多く見られましたが、輸入品を消費しても地域の所得は上がりません。現地でビールを造れれば、雇用が生まれ、地域の農作物も活用できます。水資源に課題を抱える国もあるため、水を浄化するプラントとビール製造を組み合わせ、きれいな水を地域に配る仕組みも含めた一つのユニットとして販売する計画です。現地での建設工事の負担を抑えるため、タンクや設備一式をコンテナに詰めて運び、設置工事だけを現地の会社に依頼し、日本での研修も受けてもらう形を想定しています。取引相手は企業に加え、ODA(政府開発援助)の活用も模索しています。

今後については、バルブの新商品の開発や、海外で販売されていて日本にまだない製品の導入を通じたシェア拡大を続けながら、このビジネスモデルの海外展開も並行して進めていく考えです。

野﨑繁裕
野﨑の視点M&Aスタジオ代表・中小企業診断士

国内だけでは需要が先細っていくのは事実です。会社を4代目、5代目、6代目と受け継いでいこうと思えば、マーケットをいかにつくるかを考え、海外に求めていく必要があります。そのきっかけが、長く続けてきた太鼓だったというのが、この会社ならではの点です。

同じことをするのは難しくても、「マーケットを増やさなければ売上は上がらない」という考え方は、同業の方にも、どの業界の経営者にも応用できるはずです。

インタビューを振り返る野﨑繁裕 インタビュー
まとめ
対談を経営の視点から振り返ります。

今回のインタビュー動画はいかがでしたか。ここからは、M&Aスタジオ代表・野﨑繁裕(中小企業診断士)が対談を振り返り、明日の経営に活かせるポイントを整理します。

このインタビューから持ち帰る3つの学び

  • 既存市場で奪い合うのではなく、自社製品が「使われる場所」そのものを増やす
  • 新規事業は、自社の技術やこれまでの経験とつながる領域に絞って踏み出す
  • 後継者こそ、小さくても一度ゼロから事業を立ち上げる経験を持つ

バルブの商社がクラフトビールを造り、飲食店を経営し、アフリカへのプラント展開まで構想している。事業の並びだけを見ると、関連のない分野へ手を広げているように映ります。しかし一瀬社長の話を順にたどると、どの事業も「自社の技術や経験が生きる場所」から一歩ずつ踏み出したものでした。流体を制御するノウハウがあったからビールプラントに転用でき、打楽器を続けてきたからジャンベを入り口にアフリカとの縁が生まれています。

一瀬社長は、バルブが「使われる場所をもっと増やさないといけない」ことを自らの使命の一つだと語りました。経営学者ピーター・ドラッカーは『現代の経営』で、企業の目的として有効な定義は一つしかなく、それは顧客の創造であると述べています。既存の市場で価格を競うのではなく、需要そのものを生み出す。業界が緩やかに縮むなかで、社長の打ち手はこの考え方を地道に実践したものだと感じます。

もう一つ印象に残ったのは、社長就任前に自ら起業した経験です。定款の作成から資金調達、経理まで、承継する立場では触れにくい経営の全体像を、小さな事業で一通り経験している。4代目、5代目へと会社を受け継いでいくうえで、新しい市場を自らつくれる力を後継者がどう身につけるか。その一つの答えが、このインタビューにあったと思います。

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