着金の翌日から名刺が1日5枚。数億〜10億円を手にした売り手オーナーが直面する「孤独」と「お金の重圧」への備え方
この記事でわかること
- 譲渡対価の着金後、オーナーが直面しやすい2つの課題
- 1日に5枚の名刺が置かれることもある、着金直後の営業の実態
- M&A仲介で「売った後」の支援が手薄になりやすい構造的な理由
- 約15億〜20億円の手取りを娘に託したオーナーが仲介会社に頼んだこと
- 資産の相談相手を着金前に決めておくべき理由
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M&Aの情報の多くは「どう高く売るか」「どのスキームを選ぶか」といった、売るまでの話です。しかし、社長の人生は会社を売った翌日以降も続きます。今回お話を伺ったのは、M&A仲介会社ゴエンキャピタルと、IFA財産運用コンサルティングの株式会社Jパートナーの代表を務める前川さんです。日本M&Aセンターに約5年在籍した後、2022年に独立しました。前川さん自身も、製造業を営んでいた母方の祖父の会社について、承継する立場にありながら承継しなかった経験を持っています。本記事では「売って終わりにしないM&A」をテーマに、譲渡後にオーナーが直面する課題と、売る前に準備しておくべきことを整理します。
会社を売った翌日から、オーナーには何が起きるのか?
前川さんは、譲渡後のオーナーが直面する課題として「孤独」と「お金の重圧」の2つを挙げています。
1つ目の孤独について、売却直後のオーナーからは、肩の荷が下りたという前向きな声が聞かれることが多いそうです。ところが時間が経つと、責任感を持って日々の資金繰りや売上に追われていた本来のオーナー経営から一歩遠ざかることになり、孤独を感じる方が少なくないといいます。まとまったお金は入ったものの、心に穴が開いたような状態になるのです。
2つ目がお金の重圧です。オーナーは、数億円から10億円を超える現金を、人生で初めて個人の口座で持つことになります。前川さんによれば、譲渡の翌日から銀行の支店長が電話をかけてきたり、証券会社の営業担当者が飛び込みで訪問し、1日に5枚も名刺を置いていったという話もあるそうです。不動産の営業担当者は全額を不動産に、保険の営業担当者は全額を保険にと、それぞれが自分の営業成績につなげようとして動きます。
一方で、売却したオーナーの多くは、そのお金を2〜3倍に増やすことよりも、どう家族で守り、引き継いでいくかを重視していると前川さんは話します。自社株は虎の子であり、2代目・3代目であれば代々続いてきた家の財産を換金したことになるからです。提案する側の動機と、オーナーの本当の希望には、ずれが生じやすいといえます。
私は地方銀行に19年勤めていたので、着金後に金融機関がどう動くかは内側から知っているつもりです。最初にお断りしておくと、ここでは個別の商品や運用の話はしません。私も前川さんも、それを直接助言できる立場ではないからです。お伝えしたいのは、現場の実態と、相談体制をどう選ぶかという点です。
なぜM&A仲介では「売った後」の支援が手薄になりやすいのか?
前川さんは、これまでのM&A仲介会社の多くが、成約させることに重きを置いてきたと指摘します。売った後にどのような人生を送りたいかを考えないまま、とにかく早く決まりやすい相手と話をまとめてしまう。前川さんはこれをM&A仲介の一番大きな構造的な課題と捉えています。
背景にあるのは担当者の動機づけです。仲介の営業担当者には、いち早く成約させることがインセンティブとして働きやすいと前川さんは説明します。その結果、成約をゴールとした支援では、譲渡後には担当者がいなくなってしまいます。
さらに前川さんによれば、多くのM&A仲介会社は仲介の機能しか持っておらず、売却後のオーナーの資産運用や、本当の意味での事業承継まで課題を解決する仕組みを備えていないといいます。売り手オーナーにとっては、仲介会社の関与が譲渡の時点で終わることを前提に、その後の相談先を自分で考えておく必要があるということです。
売った後の人生は、売る前のどんな設計で変わるのか?
前川さんが最も重要だと話すのは、売却後の人生に向けてどのようなM&Aを設計するかという点です。譲渡のスキーム、割合、支払い方などは、売却後に歩みたい人生によってすべて変わるといいます。孤独もお金の重圧も、譲渡後に突然降ってくるように見えて、実は売る前の設計でかなり変わるというのが前川さんの考えです。
こうした考え方を実行するため、ゴエンキャピタルでは従業員教育に力を入れています。前川さんは社員に対し、オーナーがM&A後にどのような人生を歩みたいかに焦点を当てて面談に臨むよう指導しているそうです。「M&Aは手段であって目的ではない」という考え方が、その土台にあります。
社員の評価基準にも工夫があります。どれだけ早く、どれだけ短期間で歩留まり高く成約させたかではなく、成約後にどれだけお付き合いが続いているか、どれだけ資産を安定的にグループで運用しているかを重視して評価しているといいます。成約の速さではなく、成約後の関係の長さを評価に組み込んでいる点が、この会社の方針を表しています。
成約後の付き合いを社員の評価基準にしている取り組みは、私自身はこれまで見たことがありません。私もこの仕事を始めたとき「本来はこうあるべきだ」と思いましたが、銀行でもM&A仲介会社でも、高いレベルで実現できている例には出会えていませんでした。
「ストーリーのあるお金」を引き継ぐとは、どういうことか?
前川さんが大切にしている考え方に「ストーリーのあるお金」があります。譲渡後に通帳の数字だけを家族に託すのではなく、そのお金がどのように生まれたのかという物語を言葉にして一緒に渡す、という考え方です。
前川さんが紹介したのは、北海道の会社の実例です。3代目のオーナーで、歴史の長い会社でしたが、娘さんが2人という状況から事業承継を検討し、地場の優良企業に会社を売却しました。手取りは約15億〜20億円規模だったそうです。
売却後、ゴエンキャピタルはご家族の資産を確認し、相続まで見据えたスキームを提案しました。するとオーナーは、娘への相続スキームは理解したとしたうえで、「どこから湧いてきたお金なのかちゃんと伝えてほしい」と頼んだといいます。先代・先々代が作り上げ、しっかり承継してきた会社の結果として生まれたお金であること。娘たちが会社を継がなかったため、株ではなく現金という形で引き継ぐこと。だからこそ、リスクを取って高い利回りを狙うのではなく、一家で守っていくべきお金であること。こうした想いを伝えてほしいという依頼でした。
そしてオーナーは、自分がどのような想いでM&Aを選んだのかを一番知っているのは仲介を担当した会社だとして、娘への説明をゴエンキャピタルに託したそうです。前川さんはこの経験から、株を売却したお金は単なるお金ではなく、背景を持つお金だと感じていると話します。
資産の相談相手は、いつ・どのように決めればいいのか?
インタビューの結論として挙がったのは、相談相手は着金前に決めるということです。お金が入ると、さまざまな営業の電話がかかってきます。提供する側の都合で保険や株を勧められても、それが本当にそのオーナーにとって必要な運用であるとは限りません。だからこそ、着金前の段階で信頼できる相手を見つけておくことが重要になります。
信頼できるかどうかを見極める手がかりの1つは、その相手がオーナーの考えや価値観をどれだけ知っているかです。M&Aは成約までに1年以上かかる場合もあります。その長い期間を通じてオーナーと関わってきた相手であれば、価値観を踏まえた財産承継の提案がしやすくなります。
支援する側の姿勢を見るうえでは、会社としての文化も判断材料になります。前川さんは、月次会議と週次の全体会議のたびに時間を取り、会社をどう捉えているか、顧客とどう接するかといった思想や価値観を社員と共有しているそうです。あわせて、譲渡後も一生涯支える体制に共感する社員を採用することを重視しているといいます。
前川さんは、これから譲渡を考えるオーナーに向けて、M&Aはあくまで手段であり、それを使ってオーナー自身、従業員、会社をどのような方向に導きたいのかを考えてほしいと語りました。M&Aが良いのであればM&Aを選び、そのうえでどのような人生設計をして財産承継を果たしていくのか。売却を考え始めた段階でこの問いに向き合っておくことが、譲渡後の孤独やお金の重圧に備える第一歩になります。
今日の話をまとめると、売る前に売った後の設計をすること、相談相手は着金前に決めること、資産にストーリーを添えること、の3つになると思います。適正な価格で売り、入ってきたお金をその背景まで理解したうえで承継や運用のプランを考え、相続まで見てくれる。売り手オーナーにとって、そうした一貫した関わりには手数料では測れない価値があると感じました。
インタビューまとめ 対談を経営の視点から振り返ります。
今回のインタビュー動画はいかがでしたか。ここからは、M&Aスタジオ代表・野﨑繁裕(中小企業診断士)が対談を振り返り、明日の経営に活かせるポイントを整理します。
このインタビューから持ち帰る3つの学び
- 売却の交渉を始める前に、売った後にどう生きたいかを言葉にしておく
- 大きなお金が入る前に、自分の価値観を知る相談相手を決めておく
- 資産は通帳の数字だけでなく、どう生まれたかという物語とともに次の世代へ渡す
進行中のM&Aの条件や、
事業の進め方について
心配ごとはありませんか?
売る・売らないのどちらを選んでも、Mスタにできることがあります。仲介はせず、成功報酬も受け取りません。だから「売らない」という結論も含めて、忖度なくお答えできます。
【売ってから気づいても手遅れ】M&Aで後悔しやすい社長の特徴...あなたは大丈夫?【教えて野﨑さん/第35回】



