買い手のDDで価格が動く前に——監査12年・M&A業務6年の公認会計士が語る「売り手が先に数字を整える」準備
この記事でわかること
- 財務DDが見ている2つのポイントと、会計監査との違い
- 買い手のDDを受ける前に、売り手側で先にDDをしておく理由
- 「いくらで売れるか」を知るために、決算書3期分から始める準備の中身
- 一部門の譲渡や複数社の整理など、複雑な案件を構想段階で相談すべき理由
- 大手と少数精鋭のどちらを選ぶかより、担当者を「個」で見極める視点
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会社を売ろうと考えたとき、多くの経営者が最初に気にするのは「いくらで売れるのか」です。しかし実際のM&Aでは、買い手が行う財務デューデリジェンス(財務DD)の結果次第で、価格や条件が動くことが少なくありません。今回は、あずさ監査法人で12年、デロイトトーマツでM&A関連業務に6年携わり、2026年に株式会社Closerへ参画した執行役員・公認会計士の中西陽祐さんに、財務DDの中身と、売り手が事前にできる準備について聞きました。
財務DDは何を見ていて、会計監査とは何が違うのか?
財務DDは「会社の健康診断」と例えられることがあります。中西さんもこの表現を「まさにその通り」と受け止めたうえで、チェックのポイントは大きく2つあると説明します。
1つ目は数字です。決算書などの数字を直接見て、最終的に「その会社の価値がいくらか」を判断するための材料を調べます。2つ目は定性的な面で、その会社を買収するにあたってどんなリスクがあるのか、買った後に困ることはないかを、管理体制も含めて確認します。
では、同じく数字を扱う会計監査とは何が違うのか。中西さんによると、監査で最も大事なのは決算書の数字が正しいかどうかであり、過去に焦点を当てて調べます。一方の財務DDも過去の数字を分析しますが、軸足は未来にあります。会社の価値がいくらになるのか、買った後のことを考えながら調査する点が、両者の最も大きな違いだといいます。
なお中西さんは、監査はすべての資料をくまなくチェックするものではなく、会社の数字の出来上がりや動きを俯瞰的に見る力が、監査の時代に鍛えられたと振り返っています。
M&Aの現場では、財務DDの結果次第で価格や条件が動くことがとても多くあります。だからこそ、数字の裏側を見るプロがチームの中にいるかどうかは大きい。売り手側のアドバイザーについた場合でも、先々買い手が売り手に対して行うDDで何が論点になりそうかを、買い手の目線で見ておけるからです。
なぜ売り手側が、買い手より先にDDをしておくべきなのか?
財務DDは買い手が行うもの、というイメージを持つ経営者は多いでしょう。ただ中西さんは、M&Aでは売り手が間違いなく買い手からDDを受ける以上、同じ目線で売り手側が先にDDをしておくことにメリットがあると話します。
1つは、後々調べられるであろう事項について、事前に情報を整理できること。もう1つは、仮に問題や課題が見つかっても、実際のディールに進むまでに対応する時間的な余裕が生まれることです。その結果、ディールに進んだ際に想定外に価格が下落したり、条件交渉で想定していなかった苦労をしたりする場面を「限りなく減らせる」といいます。
買い手のDDを受けてから慌てて説明を用意するのではなく、買い手が何を論点にしそうかを先に知っておく。売り手側で行うDDは、そのための準備だと位置づけられます。
アドバイザーは、大手と少数精鋭のどちらで選べばいいのか?
中西さんは大手の監査法人とファームの両方を経験したうえで、少数精鋭のCloserに移りました。大手の良さとして挙げるのは、会社としてのブランド、知見のある人材の多さ、各領域の専門家にすぐ相談できる環境、そして充実した研修制度による人材育成です。
一方で少数精鋭の組織については、メンバーの経験や能力の水準がそろっていれば、どの担当者が対応しても高い品質を出せること、FA・税務・財務の担当が1チームで動けることを強みに挙げます。少人数ゆえに会社全体で受けられる案件数には限りがあるものの、その分一件一件にじっくり対応できる点が顧客の満足につながっている、とも話しています。
大手か少数精鋭かという組織の区分そのものよりも、自社の案件を誰が、どの体制で見てくれるのか。選ぶ側にとっては、そこが実質的な判断材料になります。
M&Aの専門業務は、どこまでいっても人が提供するサービスです。優秀な人材を100人集めるのは簡単なことではありません。大きい会社だから、そのアドバイザーが社長にとってベストだということではないと思います。アドバイザーは看板ではなく個で選び、どの人が最後まで面倒を見てくれるのかをしっかり見て決める必要があります。
「いくらで売れるか」から複雑な案件まで、状況別に何から準備すればいいのか?
インタビューでは、経営者からの相談を3つのパターンに分けて中西さんに聞きました。
1つ目は「うちの会社はいくらなのか」を知りたい段階です。中西さんは、まず決算書を3期分程度用意すれば、どのように価格付けしていくかも含めて助言でき、今後の事業計画があればなお良いと話します。それらをもとに議論することで、買い手が想定するおおよその値段感は出せるといいます。
2つ目は、話は進んでいるものの数字面に自信がない段階です。不安や疑問はどの会社にもあるものとして、まずはそれを専門家に投げることを勧めます。過去の実績をきちんと整理したうえで、将来の計画をストーリーとして説明できるように整えることで、買い手にとって魅力的に映る条件を引き出せるという考え方です。
3つ目は、グループの一部門だけを譲りたい、複数の会社を整理したいといった複雑な取引です。難易度が高くなるうえ、会社側でも法律面や人事・労務面の課題、情報の整理が必要になるため、構想段階から前広に相談し、チームを組んで臨むことが重要だと中西さんは話します。
3つのパターンに共通するのは、買い手は必ず数字を見るという前提です。中西さんは、数字だけを見てもらうのではなく、売主の立場から説得力と納得感のある形で「数字とストーリーがつながる説明」をすることが大事だと強調しています。
決算書3期分は、いわば会社の履歴書です。売る・売らないに関わらず、早めに整えておくことが大切です。そして数字の裏側を見てくれる専門家は、話が固まる前にチームに入れておく。特に規模が大きく財務内容の良い企業の場合、FA形式で進めることで株価が何億円も変わることは珍しくありません。
インタビューまとめ 対談を経営の視点から振り返ります。
今回のインタビュー動画はいかがでしたか。ここからは、M&Aスタジオ代表・野﨑繁裕(中小企業診断士)が対談を振り返り、明日の経営に活かせるポイントを整理します。
このインタビューから持ち帰る3つの学び
- 相手が必ず確認するものは、確認される前に自分で点検しておく
- 数字は単体で示さず、将来のストーリーとつなげて説明する
- 依頼先は組織の看板ではなく、最後まで伴走する担当者で選ぶ
進行中のM&Aの条件や、
事業の進め方について
心配ごとはありませんか?
売る・売らないのどちらを選んでも、Mスタにできることがあります。仲介はせず、成功報酬も受け取りません。だから「売らない」という結論も含めて、忖度なくお答えできます。
【売ってから気づいても手遅れ】M&Aで後悔しやすい社長の特徴...あなたは大丈夫?【教えて野﨑さん/第35回】



